大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成元年(行ツ)13号 判決

大阪府豊中市庄内栄町四丁目二一番一号

上告人

立尚工業株式会社

右代表者代表取締役

櫻田宏

右訴訟代理人弁理士

酒井正美

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 吉田文毅

右当事者間の東京高等裁判所昭和六二年(行ケ)第八六号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年一一月一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人酒井正美の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡満彦 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己)

(平成元年(行ツ)第一三号 上告人 立尚工業株式会社)

上告代理人酒井正美の上告理由

原判決は、本願考案が、第一引用例と第二引用例とから当業者のきわめて容易に考案できたものと認定された審決を、正当としたものである。しかしながら、原判決には以下に述べるように、結論に影響を及ぼすことの明らかな自然法則違背、実用新案審査基準の違背、不可解な認定、上告人主張の判断遺脱の違法がある。

一、 上告理由第一点

原判決は、第二引用例について自然法則に違背した判断をし、従つて実用新案の審査基準に違背している。

(1) 原判決は、第二引用例が各部均一の締付け力を表わすものだと認定しているが、第二引用例は、云わば針金を曲げてリングとし、針金の両端に位置するリングの上半部を断面楕円形に押圧しているだけで、下半部の断面を円形のままに残しているから、実際には各部均一の締付け力を示すことができない。従つて、第二引用例が各部均一の締付け力を示すと認定したことは、自然法則に違背している。

(2) 原判決が、第二引用例記載の管締付金具を、各部均一な締付け力を示すものと認定していることは、左の記載により明らかである。

(イ) 「第二引用例記載のものは、弾力性を示すホース締付け具1リング周部2で均一な締付け力が得られるように該ホース締付け具1の略上半部分を略楕円断面形状3に押圧成形し、これを真円形状にしてなるホース締付け具であることが認められる。」(判決第一八丁表一行-六行)

(ロ) 「第二引用例記載のものは、(中略)略各部均等な締付け力で押圧することを目的とするものと認められ、審決が「第二引用例には、管締付具において各部均等の締付け力で管を押圧できるように示されている」と認定したことに誤りはない。」(判決第二四丁表七行-裏三行)

(3) 第二引用例の管締付金具が、実際に各部均等の締付け力を示すものでないことは、当業者ならば曲げに対する抵抗力の大きさから、すぐに理解できることである。また、このことは、第二引用例の記載に即した実物を作り試して見れば、誰にでも容易に理解できることである。このために、上告人は、第二引用例の記載に即した管締付金具を作り、これを参考資料として提出した。

第二引用例の管締付金具が、各部均等の締付け力を示すと云えるためには、挾持部5を互いに引き寄せるように押圧してリングを開いたとき、リングが真円状を保持して直径を拡大するものでなければならない。ところが、第二引用例の記載に即して作つた実物について、挾持部5を引き寄せるように押圧すると、管締付金具は下半部分の形状を殆んど変えないで、上半部分の形状を大きく変えるから、真円形を保持することができなくなる。この実験により、第二引用例の管締付金具が、各部で均等に締付けることができないものであることは、何人にも明らかである。従つて、第二引用例の管締付金具が、各部均等の締付け力を示すと判断したことは、事実と相違し、従つて自然法則に違背していることになる。

(4) 原判決は、第二引用例記載のものが、各部均等の締付け力を示すものでないことを一部で認めている。それは、右(ロ)で記載した中の中略の部分に、「第二引用例記載のものは、略下半部分が円形断面形状で、略上半部分が略楕円断面形状であるため、完全に各部均等な締付け力で管を押圧するとは認め難い」(判決第二四丁表七-一〇行)と記載しているからである。

このような認定が示されたのは、上告人が、原審において、第二引用例が均一の締付け力を示すものでないことを強く主張して来たからである(第一準備書面第一六頁一〇行-第一七頁四行、及び第二準備書面第六頁八行-第七頁九行)。また、このことは、第二引用例が(第一引用例もそうであるが)、出願物をそのまま公開したという関係のものであつて、審査に合格したものでなく、その表現から見ても、頷くことのできるような考案を開示するものでないことから云つて、当然のことである。

ところが、均一締付け力を示さないという右の認定は、原判決では結論を導く基礎とはされなかつた。それは、右の認定よりも、第二引用例が均一の締付け力を示すと記載している方に、より大きな信頼が置かれたからである。

しかし、第二引用例が均一な締付け力を示すというのは、事実と相違し、虚構である。虚構であることは、前述のように、当業者ならば技術常識から見抜くことができるが、その他の人でも、実物について実験して見れば容易にわかる程度に自明なことである。

自明の事実を信頼するか、それとも虚構の記載を信頼するかは、単なる事実認定の問題として片付け得ることではない。その理由は、実用新案の対象たる考案が、自然法則を利用したものでなければならないと規定されているからであつて(実用新案法第二条)、右でいう均一な締付け力が現われるかどうかは、自然法則に基づくことであつて、疑う余地のないことであるから、虚構の記載よりも重視されなければならないことであり、従つてまた信頼されなければならないことである。

従つて、第二引用例が均一な締付け力を示すと認定したことは、自然法則に従つた事実を無視していることに帰し、違法な判断と云わなければならない。また、この判断は、実用新案の審査基準にも違反している。

(5) 第二引用例が各部均等の締付け力を示すものでないとの判断に立てば、第二引用例は参照する価値のないものとなり、従つて、第一引用例と第二引用例とから本願考案が容易に考案できたとの結論を導き得なくなる。従つて、右の判断は、結論に影響を及ぼすことの明らかなものである。

二、 上告理由第二点

原判決は、板の厚みを円筒の下半分で変化させる本願の要件が、円筒の上半分だけで変化させる第二引用例から、容易に考え及ぶものでないという上告人の主張について判断していない。

(1) 原判決が右の判断を遺脱したのは、原判決が、本願考案を引用例と対比するにあたつて、初めに板厚の変わる範囲を金属板中央又は金属板中央部と漠然と表現し、具体的に円筒の上半分か下半分かに注意を向けなかつたからであり、また対比のあとでは厚みの変わる範囲だけを独立して論じたからである。こうして、原判決は、厚みの変化と、その変化する範囲を中心角で限定したこととの関係を、判断しないままに終つている。

(2) 本願考案が下半分の厚みを変えることは、原判決が本願考案の要旨として摘記する中に、「厚みの縮小する部分を中央部から両端に向つて中心角で約三〇ないし一二〇度の範囲とした」と述べていることから明らかである。これを別紙図面(一)で云えば、厚みの変わる範囲は2と2との間に跨る部分である。

本願考案では、右のように円筒の下半分の厚みを変えるからこそ、各部均等の締め付け力を出すことができる。逆に、上半分の厚みを変えたのでは、第二引用例について述べたように各部均等の締付け力を出すことができない。このことは、自然法則から明白な事実である。ところが、原判決は、第二引用例について締付け力を見誤つたと全く同じ理由により、この点を見誤つている。

これに対し、第二引用例が厚みを変えているのは、摘みがわの上半分だけで、下半分は全く厚みを変えていない。のみならず、第二引用例には下半分の厚みを変えることを容易にする教示が全くない。だから、第二引用例からは下半分の厚みを変えるという考えを導くことが容易でない。

(3) 原判決は、板の厚みを変える範囲について、以下に指摘するように矛盾した認定をしている。

原判決は、第二引用例について、「ホース締付け具の下半部分から上半部分へ向かつて厚みが次第に縮小されているものと認められる」(判決第二〇丁裏一-三行)と認定している。しかし、その前では「下半部分は円形断面」であると認定されているから、「下半部分から」厚みの縮小される筈がない。すなわち、第二引用例では厚みの変化する範囲は上半部分に限られている。従つて、右の認定は明らかに矛盾している。

また、判決は、板厚を変化させる範囲について、「第二引用例のものは略下半分が円断面形状で、略上半部分が略楕円断面形状であることからすると「中心部」ではなく、幅を持つた意味に解され、審決が「中央部」という文言を本願考案と第二引用例記載のものとで異なつた意味に用いている点は適切でないが、「中央部」は右のような意味である限りにおいて、審決が「第二引用例には(中略)中央部から両端即ち摘み部に向つて厚みを縮小させることが示されている。」と認定したことに誤りはない。」(判決第二五丁表二行-末行)と判示しているが、右は「中心部」と「中央部」という似た言葉を用いて相違を混乱させている。なぜならば、第二引用例は上半部分の厚みを変化させているだけであり、本願は下半部の厚みを変化させているに過ぎないから、厚みを変化させている範囲の違いは明白だからである。

また、原判決は、厚みを変える範囲について、「管締付金具が各部均等の締付け力で管を押圧するか否かは、金属板の板厚の変化、曲率半径及び厚みが縮小する中心角の範囲によるのであつて、金属板の厚みが縮小する中心角の範囲のみによるのではないことは当業者にとつて材料力学上自明のことである。

したがつて、右角度範囲の数値に臨界的意義を認めることができないから、このことは当業者が設計に際して随意行える単なる数値限定にすぎず、適宜なし得る程度のことであると認められる。」(判決第二七丁裏一一行-第二八丁表四行)と判示するが、右判示は技術的に、すなわち自然法則に即して見ると、意味をなさない。なぜならば、締付け力が各部均等であるかどうかは一つの管締付金具について云うことであり、一つの管締付金具では曲率半径は初めから一定しているから、締付け力が各部均等であるか否かが、曲率半径によつて異なることはあり得ないからである。しかも、本願考案は、板厚の変化する範囲を中心角で規定することによつて限定しているから、右で自明だとしていることには関係がない。だから、右で「したがつて」とどうして云えるのかが、全くわからない。

また、判決は「審決が第二引用例から引用したのは、「リング状の管締付具において、均一な締付力が得られるように、摘み側に向かつてリングの厚みが次第に縮小されている。」との点であり」(判決第二九丁裏終りから二行-第三〇丁表三行)と判示するが、本件で問題なのは、厚みの縮小が何処から始まり、何処で終るかである。それが管の締付力に影響するのである。ところが、原判決はこの点を全く判断していない。

このように、原判決は本願考案における中心角の限定が、円筒の下半分の範囲を意味し、従つて本願考案が下半分の厚みを変えることとし、これによつて均一の締付け力を具現しているという関係にあり、他方、第二引用例は円筒の上半分の厚みを変えるに過ぎないという関係を直接捉えて判断していない。かりにこのような関係を捉えた判断をすれば、本願考案が第一及び第二引用例から容易だとの結論は導かれる筈がない。

三、 上告理由第三点

原判決は、既に指摘した以外にも多くの矛盾又は誤解を含んでいる。その主な点を指摘すると、次のとおりである。

(1) 本願考案における板の幅について、考案の課題を論ずるところでは、「本願考案は、中央の肉厚を変えるだけで、開きを大体真円状に維持できることを発見し」(判決第一六丁裏二-五行)と認定し、幅が不変であることを前提にしている。ところが、別のところでは、「たとえ本願明細書図面に板幅の変わらないものが明示されていたとしても、この点は前記認定の実用新案登録出願の範囲に記載されていないから、本願考案の要旨となり得るものではなく、本願考案は、厚みが縮小すると共に幅の拡大したものを排除するものでない」(判決第二六丁表五-一〇行)と認定し、幅の変更を認めている。これは明らかに矛盾している。

(2) 第一引用例における板厚について、審決は、「本願考案と従来例記載のものを対比すると、板厚を本願考案では円周方向の中央部で最大にし、中央部から両端に向かつて対称に次第に縮小させ、・・・・・としているのに対し、従来例記載のものは一様にしている点で相違する」(審決第四頁一五行-第五頁一行。判決第五丁表一-六行)と認定しているので、上告人は、比較のところで厚みを論じる必要がある位なら、その前に引用例の記載として摘記すべきであると考えて、第一引用例が「同じ厚みの板」を使用することが記載漏れであると指摘したのである。

ところが、判決は、「第一引用例記載の考案における金属板が同じ厚みのものであとの点は、本願考案との対比に当り問題とすべき事項でない」(判決第一九丁表末行-裏二行)として、上告人の主張を斥けている。これは、右で述べたように審決の理論と矛盾している。

(3) 原判決は、第一引用例の記載について、「第一引用例には、管締付金具の従来例として、「弾力性に富む金属板を円筒状に湾曲して両端を重ね合わせ部分を幅方向に切欠して一方を他方の中へ入り込ませて交差させ、両端に外方に突出する摘みを設けたもの」があつたが(別紙図面(二)第5ないし第8図)、これは局部的変形が大きく緊締力が低下し易いという欠点がある(第一引用例明細書第二頁第九行ないし第三頁第八行)ので、第一引用例記載の考案は、右欠点を除去することを目的として(同第三頁第九行、第一〇行)、金属板の弾性材料を環状に形成し、連成する資材の両端に挾圧片(1)(1)'を設け、該環状の円周部を均等に弾性撓みせしめる調整孔の穿設、及び任意形状(4)の板幅にしてなるホースクランプ金具なる構成を採用した」(判決第一七丁裏五行-第一八丁表七行)と説明している。

右の説明は、多くの明白な誤りを含んでいる。第一に、第一引用例明細書について記載する頁がすべて誤つている。それは願書を明細書の第一頁だと誤認したからであろう。第二に、第一引用例の従来例では、既に「金属板の弾性材料を環状に形成し、挾持片(1)(1)'を設けていた」から、第一引用例記載の考案が、これを新たに採用したように記載することは誤つている。なお、右説明で云う「連成する資料」とは、具体的にどういう意味を持つかがわからない。第三に、「任意形状の板幅にする」と記載しているが、第一引用例はそのようなことをしていないから、これは判決の創作であり、何を意味するかがわからない。このように、原判決は第一引用例について理解を誤つている。

(4) 原判決は、「第二引用例記載のものの素材が針金であることは、本願考案との対比に当り問題とすべきことではない」(判決第二〇丁表三-四行)と認定しているが、そのあとで、第二引用例の実用新案登録請求の範囲には「ホース締付け具1の略上半部分を略楕円断面形状3に押圧成形し」との記載があり、その第1図ないし第5図(別紙図面(三)参照)の記載からすると、ホース締付具1の略下半部分は円断面形状で、略上半部分が略楕円断面形状であるものと認められ」(判決第二〇丁表五-一〇行)と認定している。この二つの認定は明らかに矛盾している。なぜならばあとの認定は明らかに素材が針金であることを表わしているからである。さらに云えば、押圧成形するだけで楕円断面形状になるようなホース締付け具は、針金以外にないからである。

(5) 原判決は、第一引用例が、第一引用例が、「弾力性に富む金属板が用いられていて、各部均等の締付力で管を押圧すべく、中央部から摘み側に向つて徐々に撓み易くする手段が施されている管締付金具」を記載している(判決第一九丁表五-末行)と認定しているが、この認定は明らかに誤つている。なぜならば、第一引用例には、「中央部から摘み側に向つて徐々に撓み易くする手段を施す」などという語句は全くないからであり、またそのようなことを意味する実体的記載もないからである。

(6) 原判決は第一九丁表八行の「徐々」をことさらに「除々」と訂正しているが、これでは意味が通じない。

四、 上告理由第四点

本願考案が拒絶されたのは、一方では第一引用例の中から一部の要件を抽出し、他方では第二引用例の中から一部の要件を抽出し、それらを組み合わせることによつて容易に考案できた、と認定されたからである。だから、第一引用例の中の一部の要件と、第二引用例の中の一部の要件との組み合わせの容易性が、当然問題となる。

そこで、上告人は、判決が摘記するように、両引用例における摘み部分の構造、調整孔の穿設、断面形状の変更の容易性など、相互の互換性を論じたのである(判決第二〇丁裏八行-第二一丁裏一行)。ところが、原判決は、これに対して審決の所論を紹介しただけで、上告人の主張を問題とすべきでないと斥けている(判決第二一丁裏二行-第二二丁表七行)。これは明らかに重大なる審理不尽である。

かりに、この点を慎重に考慮すれば、本願考案が第一引用例と第二引用例とから容易に考案できたと云える筈がない。従つて、右の点は結論に影響を及ぼすことは明らかである。

結論

以上のように、原判決は、判決に影響することの明らかな自然法則違背、審査基準違背、審理不尽、矛盾などの違法を含んでいるから、民事訴訟法第三九四条の規定に該当しており、従つて取消されるべきである。

以上

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